「100日後に死ぬワニ」の炎上に思うこと〜繰り返しこの炎上は起こり続ける


Twitterでバズった「100日後に死ぬワニ」について。


「死まであと97日」あたりから僕のタイムラインにも流れてきて、「面白い取り組みだなぁ」程度に漫画自体は読まずに思っているだけで、テレビ東京佐久間さんのオールナイトニッポンにて佐久間さんが「100日後に死ぬワニは本当に面白い」と言っていて、そこで初めて「これは読まなきゃヤバイ」と思い、読み始めた。多分「死まであと50日」くらいだったと思う。


読んだら「やられたー」と勝手に悔しくなった。別に漫画を描く人なわけでないのに。僕は普段広告の世界の隅っこで仕事をしているので、こういうTwitterなどメディアの上手い使い方を見ると勝手に悔しくなる。それはどうでもいい。ただの特性。


山科ティナさんの「#アルファベット乳」というTwitterでの展開があった。確か5年くらい前に展開された記憶。Twitterの1つの投稿に添付できる画像、最大4枚でAカップの女の子のAカップならではのストーリーが漫画で描かれる。Aカップの次はBカップ、それがZカップまで。合計26投稿で完結。この展開の面白いところは、「#アルファベット乳」というハッシュタグ=企画の名前と、2つくらい投稿を見れば「AカップからZカップまで続くのね」と全体像が見えるところと、それに伴い読んでいると「次はどうなるんだろう」という気持ちにさせるところである。多分、終わりの方になってくると「あと3カップか」とカウントダウン的に、みんなでそれを待つようなそんな空気をつくれるところであると考える。山科ティナさんの「#アルファベット乳」ではEとかそれくらいで終わってしまった記憶で、その段階で結構バズって、このバズを持って山科ティナさんは自身の漫画力を武器に色々な活動をされている。


「#100日後に死ぬワニ」を読んだ時に、全ての話に通じた物語の主人公がいて、脇役がいて、1日ごとに話が進んでいくわけで、最初から物語の最後が決まっているような色々な伏線の張り方をしていて、その伏線を回収したい気持ちで毎日19時の更新を待った、後半。これはテレビドラマを見ているような感覚。中山美穂、木村拓哉出演の「眠れる森」を待ち遠しく思っていたあの頃の気持ちがよみがえった。最終話。今までの投稿と違い4コマではなく、4枚の画像を使う。1枚目の画像で最後まで分からないように、画像をスワイプさせて「どうなってしまうの」と気持ちがソワソワ。「まさか、、、」と思い、「ワニさんは最後まで優しかった。。。」と、とても悲しくもあり、「自分もワニさんのようでありたい」と思える、とても不思議な読後感。これを100投稿で、無料で味わえてしまうなんて。すごい世の中だ。令和。


そう思っていた、直後。


「#100日後に死ぬワニ」の作者のきくちゆうきさんのTwitterアカウントは投稿を続ける。

「生きる」。YouTubeへのリンク。「#100日後に死ぬワニ」を振り返りながらいきものがかりの歌声、音楽が流れる動画。既存の曲か新曲か全く分からないくらいのいきものがかりの知識。多分多くの人はそう。しかし、いきものがかりという日本を代表するアーティストとのコラボに、違和感を感じ出す。どんな違和感か。そんな光景を僕は見たことないが、イメージとして。小さい公園で、「僕が作った物語です」と1人の男性が紙芝居「#100日後に死ぬワニ」をこじんまりと読み聞かせてくれて、話が進むにつれて見にくる子供がどんどん多くなって、最終話を迎えた途端に、黒いスーツの男性たちが後ろに現れ、僕らは囲まれて、「え、何?、、、、、何だったの?、、、、これから何が展開されるの?」というような。そんな違和感。不安な気持ちに。


YouTubeの動画の備考欄には、そのいきものがかりのMVに関わった人たちのクレジット、スタッフリストが。Twitterトレンドには「ワニさんの件」「電通案件」という言葉が並び、スタッフリストに載る名前を検索したユーザーがどこに所属する人間を特定し、「100日後に死ぬワニは電通が仕掛けたものだ」と言い始め、その流れが、「#100日後に死ぬワニ」の最終話の感動よりも大きくなったように感じた。


僕もネガティブな投稿を続けた。それに応じてどんどんフォロワーが減った。


広告業界の隅の方で働く黒子人間として思っていることは、まず扱う作品、クリエイターを傷付けない、ということと、今まで作品を読んでいた読者を裏切らない、ということ。シンプルにこの2つは最低限大事にしなければならないことだと思う。クリエイターと読者の1人対1人の間に入る人間のスタンスだと思う。多分広告の世界で働く人はみんなこのスタンスを持っていると思う。多分。希望。そして今回のアプローチは、この2つが守られていなかったと思ったから、Twitterで批判した。そしたらどんどんフォロワーが減った。ごめん。汚い言葉使ってごめん。きくちさんにその言葉が届いていたらと思うと本当に申し訳ないし、恥ずかしい。けど、広告の仕事をしている人には許せない。


「#100日後に死ぬワニ」の最終話が公開されて、「電通案件」の炎上が弱まってきたあたりから、Twitterでは別の波が訪れたように感じた。広告の世界で働く人や広告的な仕事もこなすインフルエンサーの発言である。


「無料で楽しんできたただの読者に何も言う権利はないだろう」「純粋にものづくりしてきた人に汚い言葉を投げかけるな」「素晴らしい物語が読者のせいで台無しだ」このような発言である。


確かにお金は払っていない。Twitterで公開状態で投稿してしていたからきくちさんにネガティブな言葉が届いてしまったかもしれない。本当にごめんなさい。ただ、言いたいのは、作品とその後の仕掛けをしっかり分けることが重要だと思っていて、ネガティブな言葉を言っている人も作品、作者には感謝、リスペクトをしている、と思う、僕はそうだ。で、怒りの矛先は、その後の仕掛けであり、「邪魔するな」と。そう言う公園紙芝居の例を出した上記の気持ち。この気持ちをしっかり言葉に変えてくれているのは、Facebookポリス作者の漫画家かっぴーさん。本当にさすがだと思った。そのnote

広告の世界で働く人や広告的な仕事もこなすインフルエンサーは、公園で紙芝居をする側の人間にしか最近なっていないから、絶対僕らのような聴衆、リスナーの気持ちを理解できないんだと思った。そしてお互いがお互いを理解しようともしないから、また同じようなことが繰り返し起こり続けると思った。そのような外野と外野の板挟みになる感動を生むクリエイターには大変申し訳ない世界だ。


ワニくん優しい姿から結局僕も何も学べていなかった。きくちゆうきさん、本当に申し訳ございません。


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