新元号「令和」を見た瞬間に感じた違和感の正体


4月1日新年度スタートで週の始めの月曜日、これだけでもきっちりしたスタートで気持ちが良いのだが、2019年の今日は新年号の発表があり、未来にポジティブに向かっていくような力を感じて、山手線に乗って会社に向かった朝。

会社に着く。4月1日新年度スタートで週の始めの月曜日というきっちりしたスタートなのに、朝は朝でやることをやりながら、どこか集中出来ずにいて、それはこれから発表される新元号が何なのか、どんな感じで新元号が発表されるのか、とてもとても気になっていた。

11時を過ぎると会社のテレビの周りに人が集まって騒がしくなる。僕の席からテレビは遠くわざわざ席を立って何時になるか分からない発表を待つのも、そこまで前のめりになれず、自席で片耳にワイヤレスイヤホンをしてアベマのニュースをこっそり見て聞いていたわけである。

菅官房長官がスマホの画面に出てきた。向こうのみんなの前にあるテレビを見ると既に菅官房長官が台の前にいて今にも新元号が載ったパネルを出そうとしている。アベマのニュースとNHKでかなりのラグがあることに驚き、メガネをかけて、向こう側のテレビを注視。菅官房長官がパネルを持った。いよいよ、新元号発表である。

そして発表。

菅官房長官が持つパネルには「令和」の2文字。

ひさびさに感じた提示されたものに対する違和感、なんだこれは。

菅官房長官が「れいわ、と読みます」と説明する。僕は「令和は、れいわ、と読むのか」となった。そう、令和は、れいわ、と読むのだ。

「令和」という文字列を見た時に感じた違和感。その違和感が「新年号はこれじゃない」という気持ちまで僕の中で大きくなったが、菅官房長官の「れいわ、と読みます」ですーっと消えていくのが分かった。

瞬間的に感じた違和感。

平成に生きていて、これから「令和」という新しい時代を生きる。そこに対する不安とかかな、とかそもそも「令」が年号らしくない、ということも多少あるかもしれないが、なんとなく違和感の正体が分かった。

提示された漢字の読み方が分からなかったからではないか。簡単で馴染みのある漢字なのに、その漢字の読み方が分からない。それから生まれた未知への恐怖、不安。これが「令和」を見た時に瞬間的に膨れ上がった違和感なのではないか。

よくよく考えてみれば、「昭和」だって初めて見たとしたら「なんて読むの……?」となりそうである。「平成」だって「ヘイセイ…?う…ビョウセイ?」みたいに絶対的に自信のある回答ができない。

新元号のような新しい言葉に遭遇することが最近減った。そんな中で注目してたらいきなり漢字2文字の読めない漢字を目の当たりにしたものだから違和感を感じたのだろう。違和感を感じたのは僕だけかもだけど。

「令和」もう覚えた。れいわ、という響きが好き。

銀座を夜歩いていて見つけた和光本館の「令和」。思わず見つめ写真を撮ってしまった。



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