映画ボヘミアンラプソディを見てなぜ感動しなかったのか


 

話題になってたので映画「ボヘミアンラプソディ」を観てきた。映画「ボヘミアンラプソディ」はイギリスロンドン出身の男性4人組ロックバンドであるクイーンのボーカル、フレディーマーキュリーのバンド結成前からライブエイドでのライブまでが描かれている。

金曜日21時からの上映であるにも関わらず満席で映画が始まる前から映画の話題性を肌で感じた。こんな映画あっただろうか、あ、カメラを止めるな!もそんな感じだったか。

映画「ボヘミアンラプソディ」を観た率直な感想としては、そこまで感動しなかった…である。

話題になっていて内容を期待し過ぎていたというのがとても大きいと思うが、クイーンの音楽性に既に中学時代の頃より感動状態であったので、よく考えれば案の定それを超えることはなかったというのが自己分析である。

中学時代にクイーンのベストアルバムを地元のCDレンタルショップで借りてその音源をMDにうつして聴きまくった。ギターの音だけでクイーンだし、コーラスの音色だけでクイーンだし、何をどう切り取ってもクイーンという個性から離れない、そのオリジナリティの強さにとてもとても感動した。クイーンのボーカル、フレディーマーキュリーについては、歌声に圧倒されたことは勿論だが、クイーンの好きな曲嫌いな曲を振り分けた時に好きな曲は基本フレディーマーキュリーが作っていたという事実。あの一回聴いただけで「この曲超良い!!2番から歌えそう!!」と思えるキャッチーと言ったら軽いがそれに近い素敵なメロディーを作れるセンスにただただ憧れた記憶がある。

あのクイーンのMDを聴きまくり、その都度、音だけで感動していたので、映画「ボヘミアンラプソディ」ではその音にストーリーを加えた程度で(そのクオリティは勿論すごいのだがクイーンの音楽性には勝らないという意味)そこまでの感動を味わえなかったとそう思っている。しかし、クイーン全盛期の頃に聴きまくっていたおじさま方もこの映画「ボヘミアンラプソディ」に感動しているというからその理由が知りたい。

あの頃、音源で聴いた時に持った感動を超えたのか、その感動が蘇ったのか、その感動を超える何かがあったのか、すごく知りたい。

何かものづくりしているインフルエンサーが「映画「ボヘミアンラプソディ」を見てものづくりをする勇気をもらえた」と言っていた。まじか、僕は逆である。

この映画「ボヘミアンラプソディ」でクイーンの曲の作られた順番を知った。今までベストアルバムしか聴いたことがなかったから発売された順番を知らなかったのだ。で、キラークイーンが早くから作られていたことを知るわけであるが、この曲を聴いた時は「ものすごく成熟感のある美しい音色やわぁ」って思っていて、そんなメロディーを最初の方で作れてしまうポテンシャルがすごいとただただ思っていた。クイーンのボーカル、フレディーマーキュリーから得られるものは、天才性であり、そこと自分を比較した時には圧倒的な凡人感しか残らない、のが普通と思ってしまった。だから、インフルエンサーに対しては「すごい自尊心だなぁ」みたいなそんなネガティブなことを思ってしまったが改めて文字におこすと、だいぶ捻くれた自分の性格が浮かび上がって気持ち悪くなる。

そんな感想でした。失礼しました。


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