気持ち悪いと思う感覚について


小学生だった頃から30歳を過ぎた今まで途切れることなく遊び続けてきた数少ない友達の一人に対して、何度か「気持ち悪い」と思ったことがあったが、それらの「気持ち悪い」を超えるくらいの「気持ち悪い」を感じた些細なことがあって、それがあまりに些細なことで、自分をすごく気持ち悪いと思ってしまった。

その友達の気持ち悪いの代表格は、中学時代に彼が付き合っていた彼女がその彼の友達に寝取られ、それが原因で別れることになって、またそれをきっかけに寝取った男とその彼の元彼女が付き合ったのだが、その数年後、僕らが高校生になってから、友達が好きという感情は全くなく、ただ仕返すという気持ちだけで、元彼女とヤリまくるという、そんな猟奇的な一面に思春期の僕は気持ち悪いと感じていた。そんな気持ち悪さを優に超える気持ち悪いについて。

その友達のLINEのアイコンは犬の写真であった。昔、その友達の家で犬が飼われていて、LINEのアイコンがその犬にすごく似ていたので、ずっとその犬を撮影したものなのかと思っていた。しかし先日、その友達とLINEのアイコンの話になった時に「あの犬って前に飼ってた犬の写真だよね?」と質問したところ「違うよー歩いてて犬がいて、その犬を撮影したやつ。飼ってた犬じゃないよー飼ってた犬は結構前に死んだ」という回答。

飼っていない犬をアイコンにする。たったそれだけのことで、よくよく考えるとまぁ受け入れられるという内容であるのだが、直感的に気持ち悪いと感じてしまった。

なんでも自分のものにする。これはその友達が受けた友達に彼女を寝取られるというジャイアン的な理不尽に対して、同じ理不尽を与えたことによる慣れ、習慣、それが性格に昇華されたものなのか。そうとも受け止められる。

しかしどこかの道端にいた誰かに飼われている犬は昔その友達の家に飼われていた犬に似ている。またその友達の彼女歴を振り返るとみんな昔の彼女に似てるような…。

直感的に気持ち悪いと思ったことから色々と考えてしまう癖、それがすごい気持ち悪いとこんなことを書いていて思った。


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