万引き家族が実家近くの貸家一家に似過ぎてビビってもう映画というよりドキュメンタリーだわ


カンヌ国際映画祭でパルムドール賞(最高金賞)を受賞して話題になっている「万引き家族」を観てきた。

タイトルの通り万引きをする家族が描かれ、そもそもタイトルにある「家族」についてを問い、また「幸せとは?」を考えさせるような内容であった。

話題作であってもだいたい映画が始まってから1時間くらいすると眠くなってしまうのであるがこの万引き家族については一切眠くならなかった。その理由は明確で、脚本が良いということはあるが、演者の演技がリアル過ぎるところにあり、その役、家族について、自分と会ったことがあるあの一家に似ているようなそんな感覚になったのである。映画というよりもうドキュメンタリーを見ているようなそんな感覚。

リリーフランキーさんのあの浮浪者とまではいかないがフラフラした感じ、樹木希林さんの優しいのか優しくないのか間抜けなのか賢いのかわからない感じ、安藤サクラさんの怖さとエロい感じ、松岡茉優さんの幸薄そうな感じ、城桧吏さんの家族想いで照れ屋で素直な感じ、佐々木みゆさんの普通に貸家にいそうな顔がリアル過ぎた。

20年前、貸家の家族をたまに見ながら、多少は差別的な感じで、総じて不幸せというようなレッテルを貼ってしまっていたように思うが、その貸家の横を通った時、たまに大きな笑い声が聞こえていた。その笑い声が映画の中の万引き家族の楽しそうな家族内での会話、やりとりと重なって、僕ら家族よりも幸せという軸では上にあるように思えた。

万引き家族が映画内で海に遊びに行き、浜辺で樹木希林さんが「本当の家族じゃないから期待しないで良いのよ」みたいなセリフがあり、そのすぐ後に仮妹の佐々木みゆさんの歯が抜け、仮兄の城桧吏さんが仮妹の良い未来、成長を願って仮妹の抜けたばかりの歯を屋根に投げ、直後に祖母である樹木希林さんが亡くなる、このシーンの連なりの美しさに驚きながら、リアルだからこそこのように「まじかよ」と思うような連なりがあるよな、そういえば、と思って、こんなシーンの流れからもドキュメンタリーを見ているような感覚に襲われた。

万引き家族は事件の裏にあるかもしれない幸せの話である、そう捉えた。

たまに裁判所に行き、人が裁かれているところを覗く。趣味が悪いように自分でも思うが、傍聴席には割と人がいる。

薬物や詐欺で逮捕され出廷した被告人は閉廷後に傍聴席にいる友人に笑顔で会釈したり手を振ったりするケースが多い印象である。僕であれば友人に僕が裁かれる姿は見せたくない。「来ないでくれ」という感じである。

先日観た裁判はコカインの使用に関するもので、‪吸引器を所持したがそれを「何に使う道具か分からないが面白いかたちだから鞄に入れた」と男は言い、トイレで拾ったコカインを舐めてその後に彼女と一緒にいた所を警察官に取り調べられ尿検査でアウト。彼女は男と数年同棲、逮捕後毎日面会。彼女の監督能力を認められ執行猶予を獲得。この愛される男の魅力どこにあるのか、裁判では語られず引き出されない、引き出す必要がないことだろう。コカイン男には優しさや包容力があり僕なんかよりも幸せな景色がきっとあるのでは、と思ってしまった。‬

‪また旦那がなりすまし詐欺の幇助で逮捕となった裁判。その逮捕の翌日に奥さんが赤ちゃんを出産。法廷にその赤ちゃんの泣き声が響く。なんとも切ない。閉廷し、逮捕の旦那に再び手錠がつけられるとその旦那は傍聴席にいた男に笑顔を向ける。赤ちゃんに、そして家で待つ奥さんに対する申し訳なさはそこにないと思った。しかし、外で待つ奥さんは笑顔であった。離婚することを選択せず、旦那の帰りを笑顔で待っていた。この旦那の魅力はどこなんだ。‬

家族における幸せというのは表面からでは非常に分かりづらく、家族の構成員それぞれ固有の価値観で決められるので、一概に断定するのとは難しいが、そもそも「不幸せ」と人にレッテルを貼ることはおかしい、と改めて思えたのである。

「万引き家族」は家族について、罪について考えさせる映画であった。おすすめ。


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