主人公が主人公過ぎない燃え殻さんのすごさ〜小説「ボクたちはみんな大人になれなかった」を読んで


もうかなり時間が経ってしまったのだが、今年一番待ってたものが6月の末に出まして。

それが、この、燃え殻さんの小説「ボクたちはみんな大人になれなかった」という本。

 

小さい頃、小学生だった頃か。「本を読め」と先生に言われ過ぎて、反発するかたちで全く読まず、国語の授業である物語をクラスのみんなで順に音読する時間が本当に地獄で、「。」で次の人にバトンタッチだったので、慌てて計算して自分のパートを割り出し、先回りして漢字に読み仮名をふり小声で練習してたくらい、何か読むとか嫌いだった。が、その早過ぎた反抗期は飯島愛の「プラトニックセックス」を読み「読むことって楽しい」と思え、終えた。だから何かを読む時、いつも飯島愛を思い出す。きちんと彼女は服を着ている。

何の話だ。そう、燃え殻さんの本の話。いつものように飯島愛を思い出し、小説「ボクたちはみんな大人になれなかった」を読んだ。

燃え殻さんとは、何度かごはんに行ったことがある。初めてお会いしたのは4、5年くらい前。

 

何をされているか、何に興味があるのかなど断片的に燃え殻さんの話を聞いていて、その度に、「燃え殻さんの生きた人生は生きたくない」と思っていた。そもそも誰かの人生を生きてみたいと思わないけど、そんな「誰かの人生を生きる」ということも全く考えないのだけど、「この方の人生は僕は生きられない」と思った。断片的にそう思っていた話が、この燃え殻さんの小説「ボクたちはみんな大人になれなかった」を読んで、不思議ときちんと線になったような感じがした。

 

 

僕は弱いし、できるだけ失敗したくない。だから高校に入ったらすぐに大学受験のことを考えて指定校推薦について調べて、どうしたら上手く失敗せずに良い大学に入れるかを考えた。

僕が指定校推薦で大学に上手く滑り込んだ歳の頃、燃え殻さんはかなり苦労してた印象がある。燃え殻さんのツイッターの投稿やお会いしてお話を聞いていたことからそんな印象をもった。だから僕は「この方の人生は生きたくない」と思ったのである。

燃え殻さんの小説「ボクたちはみんな大人になれなかった」は、多分違うのだけど、主人公がまるごと燃え殻さんにしか思えなかった。主人公がもつ、謙虚さというか、写真の隅に写る感じというか、きちんと人と向き合い知った人を大切にする姿勢というか、そんなところが燃え殻さんにしか思えなかった。主人公の人生を僕は「絶対生きたくない」し、テレビの美術系の制作会社で働けるタフさもないから「生きられない」。

 

 

小説「ボクたちはみんな大人になれなかった」を読んで燃え殻さんに対して改めてすごいと思ったところがある。それは燃え殻さんの語る昔話は「キラキラしてて羨ましい」と思えるところ。多分僕は人よりも懐かしさからくる感動レベルは低いのだけど、燃え殻さんが語る昔話は苦労した話でさえも輝きを帯び、反射的に「良いなぁ」と思ってしまう。これってすごいと思う。ほとんどの先輩方が語る昔話にはないキラキラ。そもそも羨ましいと思えないくらい、その昔話には語る自分が主人公過ぎて、聞く方が純粋にポジティブにその話に向き合えない、というか、右耳を少し解放し左耳に流すくらい全ての受け止めを避けてしまう、そんなポーズをキャッチャーとしてとり、「羨ましいです」と口から言葉は出るものの、キラキラを感じなければ、羨ましさも感じない。

語る自分が主人公過ぎない。

僕の立場でこんなことを言ってしばらく経ってから死にたいと思ってしまうと思うが、自分という発信者の主人公レベルのバランス感覚が燃え殻さんの強みであると思うし、小説「ボクたちはみんな大人になれなかった」を読んで改めて思う。
物語に出てきた七瀬や関口、スー、ナオミ、そしてかおり、全員に本当に愛おしさを感じた。これもまた燃え殻さんの周りの人を大切に思う姿勢の表れなんだろう。

素敵な作品、読めて良かった。


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