逗子海岸映画祭に行くパリピと離れた映画好き〜インスタは罪深い


まだ鼻のムズムズが抜けず、それはしつこい花粉症のせいなのだが、徐々に夏を感じさせる暑さと湿気が漂い、コンディションとしてはやや少し辛さはあるものの、ゴールデンウイークという脳を破壊するまったりウイークで精神的にはやや安定という、直近の幸福レベル的にはマックスめになる今…

 

 

GWといえばー

 

 

僕は一応は湘南の隅に生まれたというのもあって、最近は、というか、今回含めて3回しか行ったことがないのであるが、逗子海岸映画祭である。

 

逗子海岸映画祭というのは、2017年で8回目を迎える野外しかも海岸、砂浜で映画を観るイベント。映画が始まるのは19時と夜からなのだが、午前11時過ぎからゲートは開かれ、エスニックな物が売ってたりマッサージやネイルが受けられたりと色々と楽しむことができる。もちろんお酒も売られていて、そこら中にオシャレな瓶を持ったグラサンネェちゃんやニィちゃんがいる。というのもこれは最近であるように思う。

 

 

僕が初めて行ったのはいつだったか。3年以上前であると思う。その時に見たのは、「そして父になる」。その時には確か「E.T.」も別日で上映されていた。調べてみると、第五回…2014年のことだ。

 

その当時は、映画が上映されたタイミングで会場に到着してもチケットは余っており、余裕で見ることができた。「そして父になる」、ブームが頂点を超えてたからか。僕は逗子の海岸でその映画「そして父になる」を初めて観た。福山雅治演じるお父さんが不器用に家族とコミュケーションをとる冷たさが混じった様子はあまりにリアルで、5月頭の逗子の海岸の夜の寒さが映画の中間に漂う寂しさを助長していたように思い、少なくとも僕は「あぁ、家族ってこんな不器用な結晶体だったよね」と思ってしまって、どんな結末で終えた映画か覚えていないが、そんなリアルな家族の気持ちを描いた映画だったな(諸々の設定は特異なんだが)、程度で割と強めに記憶に残っている、もちろん逗子海岸映画祭と一緒になってである。

 

その当時、2014年の逗子海岸映画祭は人は少なく、読モみたいな、ビール瓶片手にウェイな人なんかいなくて、「Instagram…なにそれ?」だった頃のように思う。

 

 

今、逗子海岸映画祭期間中はInstagramで数分に一枚は「#逗子海岸映画祭」がついた写真が投稿されている。SNSで有名な人もいたりして、Instagramの人気投稿部分はとてもとても賑やかである。逗子海岸映画祭当日の15時、つまり映画というかメインイベントが始まる19時の4時間前にはチケットはほぼ売り切れいたように思う。それくらいの超人気イベントになった気がしている。映画をみんなで浜辺で見る、なんか、もう、素敵さしかない、のであるが、なんだろう?って思っていることもあって。。

 

 

 

映画好きはそもそも、そんな早くにそんな暑い場所に行かない。多分Instagramとかで #逗子海岸映画祭 が付いた投稿を見たとかオシャレなイベント情報が載った雑誌的な何かを見たとか、そんな海辺や装飾のフォトジェニックを求めて、SNS的にオシャレな人たちが多分今逗子の海岸にいる。

 

 

その証拠はこうだ。19時になり映画が始まる。「何始まるの?」の声がたくさん聞こえる。主催者が出てくる。主催者がインドネシアのアートに詳しい日本人を紹介する。そのインドネシアのアートに詳しい日本人がインドネシアで出会ったアーティスト達を実際にインドネシアからこの逗子海岸映画祭に招いて彼らを紹介する。温かい拍手の音は聞こえるが、集まっている人数の割に小さい。インドネシアのアーティストがインドネシアの楽器でインドネシア的な曲を奏でる。映画のスクリーンに映されたインドネシアの映像、たまに会場の映像、僕ら観客や演奏シーンが重ねられる。「寒いね」という声が四方八方から聞こえる。テンションが始終変わらないインドネシアのミュージックとテンションが落ちていく会場、観客。演奏が終わると帰る人がたくさんいた。多分長い間待っていたであろう特等席的なところに陣取っていた人たちでさえ、帰って、特等席にも関わらずすっかりスペースが空いた。しかもそこに人が入らない。

 

 

逗子海岸映画祭という場所は映画というか、主催者が見せたいものを見せる場所であり、その見せるものの中にムービーが含まれる。大衆映画ではなく、かなりコアなものが多い印象。表面的な面白さではなく、表面から見えないものを読み取ったり、インドネシアのユーモアを探したりすることが必要になる。表面的な可愛さとか美しさとかカッコ良さを求める人たちはスタンプラリーをするかのように、逗子海岸映画祭の部分的な装飾を切り取り放つ。逗子海岸映画祭にとってインターネット的には能動的なファンであるように見えるが、イベントのコンテンツ視点で眺めると彼らはあまりに受け身過ぎるように思える。

 

逗子海岸映画祭の楽しみ方は自由であるが、わざわざインドネシアから来たアーティストは、パーフォーマンスの最中に帰ったり寝てたりする日本のInstagramユーザーを眺めて何を思ったか。非常に気になると同時に本当にインドネシアの文化に触れたいとかコアな作品に触れたいとかの希望を持つ人たちは入場制限のために諦めてるとか想像すると、この逗子海岸映画祭にとって何が重要なのかが今問われているような気がしている。

 


あわせて読みたい

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です