フランスの痩せ過ぎモデルが法的にランウェイ出禁を受けた件


食事が夜遅く、しかもかなり食べる…痩せなければと思ってた昨日、テレビから聴こえたニュースに耳を疑った。

 

ニュースの内容

フランス国民議会で痩せすぎのモデルを禁止する修正法案が賛成多数で可決されたとのこと。パリのモデル事務所は反対を叫んでいるそうだ、そりゃそうだ。

 修正法案は、体格指数(BMI)が一定基準以下の人はランウェイモデルとして働くことができなくなる、と定める。「痩せ過ぎ」とみなされるモデルを雇用しているモデル事務所には6ヶ月以下の禁錮刑と7万5000ユーロ(約980万円)以下の罰金が科される可能性があるそうだ。

 

日本のモデルの最近

女性誌を新宿の紀伊国屋書店でよく立ち見をしていて、年々、若い女の子向けであればあるほど、細いというより、逆に少しふっくらとしたくらいのモデルが目立つようになっていて、「読者に被写体を近付けてるなぁ(けど、鈴木えみがいた頃のセブンティーンのような「ナプキン入れてるポーチ!」みたいなのはないのだけど)」と何となく感じていて、それはそれで男性の好みにも近付いてる、と個人の意見を一般化させていたのだけど、実際にその雑誌に出ているモデルを拝見すると、細いのだけど、要は見え方がややふっくらしたモデルが増えたように思うし、多分それは意図的なのだろう。

 

モデルの役割

モデルの役割は着ている服をより魅力的に見せる、購買意欲を掻き立てることであると思っている。水原希子が着てる服は、他の誰が着ている服より欲しくなる、僕は男性だが、何となく、そのモデルが着ることで、同じ服なのに、全く異なって見える、「私もそんなモデルのようになりたい、だからその服を着てみよう」と潜在的な気持ちかもしれないけど、少なからず、そう感じている人は多いのではないか。最近は聞かなくなったが、蛯原友里が着た服は完売する、それだ。どんな広告を打つよりも、その雑誌の一枚、一撃である一定数の在庫を消すことができる、本当に日本のモデルはすごいと思う。

 

ランウェイってなんだろ

これまでは日本の雑誌の話で。一方で、ランウェイってなんだろう、と。先日、東京ランウェイを観てきた。有名な人が歩くと、有名というバイアスがかかって、それだけで「わー」となるんだけど、外国人モデルは本当に細くて、同じ人間かと思うくらいで、いや、人間?とも思うくらいでそれだけ異次元。多くの人の目を一気に奪って、ステージを歩く、その姿は、街中で見る女性とは明らかに違って、その違いが魅力で食い入るようにみる。やや言い過ぎだが、可愛いとかもあるかもしれないが、美しい、かっこいい、というスマートさが伴う印象が強い。で、その強い要素はやはりモデルの細さと高さなのだと思っている。

ランウェイというステージをモデルが歩くという、それは、例えば僕みたいな普通の人間が歩いたらそれは時間が全くもたないわけで、普通の人ができるものではない。

そしてブランドは、可愛い、だけではなく、基本的には女性らしいフォルムの美しさを多くは強調する。確かにふっくらとしたフォルムは、女性らしいが、それは美しいというより可愛いで。ダウンフォースに優れたシュッとしたレーシングカーを見るような、ランウェイの上にも風が流れている感じがあって、そのランウェイの風を活かすようにように歩くモデルの姿は普通の人ではなく、その要素は高さと細さのバランスなんだと改めて思うわけだ。

普通の人が立てないランウェイは、見ている人を圧倒できる。つまり、ランウェイではブランドの世界観を強く伝えるのに相応しい。こんなのは当たり前なのだが。

日本のランウェイについて、ブランドの世界観訴求より、購買意欲を掻き立てることが第一目的な感じがする。日本の東京ランウェイ、東京ガールズコレクションはどこか、雑誌からリアルにきたよ!感があり、それはそのランウェイを見ている人が、コンシューマーであるからである、そのランウェイ自体が、アメブロで「これ美味しかったし、効果あるよ!」と有名人がある商品をべた褒めしているような、それに近い気がしている。

パリでのランウェイは、そのランウェイを見てる人がバイヤーであり、ファッション関係の人たちばかりなわけで、世界観を強く強く強くインパクトを大大大にして伝えたいわけで、ある一定以上の細さを追求するのだろう、だって美しいもん、これまでが。欲しいと思わせる、でなく、圧倒する、その次元まで求めるのがランウェイなのだと思う、かなりストイックな戦場だ。

 

「臭い物に蓋」の社会

痩せ過ぎモデルが法的に表舞台に立てなくする背景にあるのは、そのモデルのようになろうと過度なダイエットをしてしまう少女がいるからだ、という。確かにそれもありそうだけど、そんなことを言ったら、極論「ダイエット」という言葉自体NGになるのではないか、モデルだけでなくテレビに出る人もみんなBMIの値を申請しなきゃいけなくなるのでは?元々痩せ過ぎてしまう人の表現の自由は奪われるのか?などなど、ネガティヴに思い出したらきりがない。

そもそも少女の問題をモデルに押し付ける行政は、その教育に関して放棄しているといえる、どうだろうか。

そんな「あの人の表現は影響力があって危うい」それだけで、モデルという服を綺麗に魅力的にみせる類稀な才能を壊すような法律は、ファッション自体を盛り下げ、ブランドが示せるはずの自由な世界観を大きく邪魔して、結果、「ユニクロだよね」と、ユニクロは素晴らしい商品がたくさんあるけど、世の中が大衆的なモノで溢れかえったりしたら、勿論極論なんだけど、どう責任をとるのだろう。その世界は面白いのか。

 

自分を変えるポテンシャルを見せつけるランウェイはそのままで

洋服はその人の身体の一部というか、身体の全部で、太っている人もいれば痩せている人もいるわけで、当然モデルは、モデル体型と言われるような背が高くて細い、それなのだけど、洋服は、自分を変える力もあるわけで、その変える力のポテンシャルを見せつけるランウェイという場所で、モデルのBMIを制限するのは、僕は反対だ。


You may also like...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です