財産を残す人のキモチとこれから遺族となる人のエゴと相続税と大東建託


 

何年前か忘れたけど今日みたいに暑く、今日みたいに田んぼの稲が青々と輝き、その上を風がゆっくり流れる日におじいちゃんは死んだ。病室から見える広大な田んぼ群の緑はずっと見ていたくなるほどの美しさで、そんな美しいものを寝ていても態勢を変えれば見える環境下であるにもかかわらず、おじいちゃんは自力で動くことができなくなっていた。

ただそんな状態、亡くなる1週間前くらいに、おじいちゃんに土地の話でどうしても処理しなければことがあり相談を持ちかけると意識を戻し、応答、応対してくれた。商売人の魂というかそういう強いものを感じた。

生前贈与という基礎的なことはしていたものの、財産の配分的な話は容態を悪くしたおじいちゃんに今更話を振ることができず、放置状態であった。財産は土地や建物などのモノとカネに一旦二分し、何となく、モノを得る人は見える。そしてモノというのは分けるのが難しいという問題がある。消去法で受け取るモノがカネに該当する人間にとっては、モノに比べ面倒なモノがないカネをある程度受け取れるということで今生きる延長線上にプラスオンの今までにもらったことがない額のボーナスが入るという嬉しさがあるだろう。一方で、モノを得る人はどうか。相続税を処理できるか、これからの固定資産税は大丈夫か、固定資産税はまだかわいいもので、維持管理できるカネの余剰はあるか、のような悩みが生じる。

僕が生きる延長線上にモノが見えていたので、財産の配分的な話は放置したくなくおじいちゃんが容態を悪くする前からおじいちゃんがいない場で話に出していたが、もう既に遅い状態になっていた。僕のこの姿勢は遺族となる人のエゴだと自分で思っていたが、おじいちゃんが残したものを今後も残していくために必要なことだと思っていた。

不動産を扱うおじいちゃんは基本的に仕事の話を周りにせずに自分一人で処理していた。どこにどんな土地があるか、それぞれどんな契約をしているのか、通帳はいくつあるのか‥確認したいことはいくつもあったが「その話はまた今度」と放置され続けていた。

病室のおじいちゃんを見ながら何を思っているんだろうと思った。当然悲しさを感じながら「その話はもうできない」と思っていた。自分に心無いと思ったが、病室には僕以外の相続人もいて純粋に悲しんでいるこの僕とのギャップをギャップと感じず、「逃げ切った」と思ってる人もいるんじゃないかと、心無い以上に性格の悪さを感じる想像もしていた。

おじいちゃんが残す財産とおじいちゃんのなかにある相続人の可愛がり度に紐付いた組み合わせは多分残酷なモノで、言うことを避け、逃げ切るのかよ、と思った。完全に相続人のエゴである。

亡くなった当初、相続人はモノを得ることになる人に従う姿勢であったが、数字入りの財産についての資料を渡すと「権利分はもらう」と権利を主張。当たり前のことであるが、感情的な問題もありその態度にイライラした。当たり前。当たり前‥当たり前である。

よく「亡くなる前に整理しないと!」と話があるが、そんなに簡単なもんじゃない。亡くなる人だって残る人に迷惑をかけたくないキモチがあることは知ってるし、なかなか言いづらいことだってわかる。「それでも言わなきゃだめだろ?」って返されると思うけど、財産を残してくれた人に自分の強いエゴをぶつけられるほどの強引さはなかったし、上手く引き出せる頭がなかった。目の前にある現実をただ静かに眺め、あぁどうなるんだろう、と、おじいちゃんごめん、を繰り返すだけ。それしかできなかった。おじいちゃんのキモチはわからないまま、僕のエゴはただ自分たちを苦しめるだけで結局上手く機能しなかった。ただやり過ごす、これがベストなのか。整理済みが一番なのは承知だが、気持ちの問題が大きく、優しい人であればあるほど、この財産の話は上手く処理できないのではないか。

相続税がそもそも厄介である。

地方の町に行くと大東建託の幟を多く見かける。僕はその幟を見ると大東建託に土地を売った人の相続関係の裏話を想像してしまう。大東建託を批判しているわけではなく、一時的に大東建託に助けられている人(わからないけど)がいる影で、相続税という見えない脅しが機能し、街に大東建託が増殖する現象を相続税を考える人たちはどう思ってるのかな。「そんなのルールの中で自分の人生を考えろよ」って感じなのかな。

 


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