大嫌いだったゆず「終わらない歌」を口ずさんでた〜YUZU ARENA TOUR 2015-2016 TOWA〜


毎朝昔からの名残で朝起きたら、テレビをつけ8チャンネルを回す。めざましテレビが流れる。ZIPやあさチャン!を回す時もめざましテレビを経由する。完全に習慣なのだ。

今、めざましテレビでは、ゆずの「終わらない歌」が流れる。Aメロ前、サビ前で流れるエフェクトがかったギターのカッティングにゆず感がなく、北川悠仁とコラボしているヒャダイン前山田健一の仕業か、と思ったが、ユーキャンの「イロトリドリノ…」という曲を初めて聴いた時になんじゃこりゃ…とがっかりした記憶が蘇った。

イロトリドリ…については、前に横浜アリーナで行われたクジラが浮かんでいるゆずのライブで聴いて、「ゆずはライブの場所のスケールでつくる曲のトーンが変わっていたのか」と個人的に思って、つまり、イロトリドリはアリーナでみんなで盛り上がる時には、最高のサウンドであったと実感として残っていて、嫌いな曲から改めてゆずを好きになったのだった。ただ、この時にすごく好きだったセンチメンタルの頃のゆずの歌はもう生産されないのか、とガッカリもした。

で、今日横浜アリーナで行われたYUZU ARENA TOUR 2015-2016 TOWAに行って、少年や友達の唄、夏色など好きな頃のゆずの曲が演奏されるも、何となく曲のトーンが変わってきた飛べない鳥以降の作品がメインの構成。というか、今度発売されるアルバムの曲を中心にセットリストが組まれたものであった。その最後に流れた曲が、めざましテレビの曲になっている「終わらない歌」であった。

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大きな時計のお城がモチーフになったステージ。今だとSEKAI NO OWARIのベクトルで、メルヘンなニオイが漂う。だから、「終わらない歌」のマーチングバンドサウンドがとても合って、すっと自分の中に入ってきた。大嫌いだった、Dコードのエフェクトがかったカッティングサウンドも、大袈裟な北川悠仁のパフォーマンスとともに入ることで、自然に受け止められた。何より歌詞が、自分の中に刷り込まれていて、口ずさめる。口ずさめるのは、自分の中にその曲が入っていることで、ノレる、ノレたのだ。もともとこの曲のせいで何でもないレからラにうつるメロディーに対して気持ち悪さを感じるようにまでなっていた。それほど嫌いな曲であったのに、気が付いたら歌詞もメロディーも自分の中に根をはって記憶に強く残っていた。記憶に残っているのは、強い。次の歌詞も音も頭にある。それが音楽における安心で、それは特にライブで活きてくる。新しめの曲が多かったゆずのライブで、一番安心できた曲だったかもしれない。

めざましテレビのおかげで、「終わらない歌」が好きになれた。フリークエンシー過多の産物だ。

 

 


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