Netflixを開いてhuluを解約した日に思ったこと


huluに一年以上入っていたのだが、見た作品は10本程度で、今思うと「なぜ入ってたんだろ」と思うんだけど、huluの使用感みたいなものはつかめたしと思うのだが、10本程度であれば、「2週間の無料期間で体験できることじゃん」とツッコミが入りそうだ。

今日、Netflixがオープンした。アプリをダウンロードした程度でまだ全然触れていないが、テラスハウスのNetflix版だけは確認して「テレビの方向と変わらないのか」と思って、こうやって、テレビにあったようなものが、このNetflixに増えていくのだと思うと、コンテンツの中にいるタレント周りの人は収入源が増えて良いなぁと思いながら、テレビ局などの固有のメディアにいる人にとっては、人のある程度まとまった時間を奪っていくNetflixの存在はやや恐怖といった具合か。

ただ今日、思ったことがあって、それは「Netflixに入るか入らないか別として、一先ずあまり使わなくなったhuluをやめよう」とまず思って、やめに行ったら躊躇なく解約してしまって、「こんなに後ろ髪を引かれることなくやめられるものが世の中にあったのか」とそう思った。

例えば、ブログをやってたとして、ブログをやめるのは、今まで書いたものを捨てるという意味で、なんか思い出も一緒に捨ててしまうようで、悲しくなる。

例えば、Twitterをやっていたとして、Twitterをやめるとしたら、Twitterで繋がっていた人との繋がりが一旦切れて強いさみしさが残る。

例えば、英会話教室に通っていたとして、その英会話教室をやめるとしたら、これから自分の英語力がグングン伸びるかもと思ってやめることを迷う。

huluというものには、残したいと思わせるログも残らないし、そこで繋がった人の存在もないし、得られた力もない。huluはただの名残惜しくもない売り場であったのだ。そんな存在であったことをスーッと解約した自分の中に感じて、またまた改めて、僕にとってhuluってなんだったのだろう、とそう思った。


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