「素直な姿勢」に強く心が惹かれる〜ろくでなし子著「私の体がワイセツ⁉︎女のそこだけなぜタブー」を読んで〜


まんこという言葉は、僕はあまり口にしないけど、よく聞く言葉ではある。ただそれは(男が)夜の酒の席で話されているもので、女性自身から聞くことはほとんどなかったけど、ろくでなし子さんを知ってから、全てが裏返ったように思う。

 

以前に森翔太さんと一緒に飲もうとなった時に、「ろくでなし子さんの個展に行きましょう」と森翔太さんからの提案があり、その時に、初めてろくでなし子さんの存在を知ったのだが、「ろくでなし子って凄い名前だなぁ」とただただ単純に思った。そしてろくでなし子さんの個展が行われている新宿眼科画廊に行くと、ろくでなし子さんの作品、まんこアートがたくさんあって、凄いエネルギーを感じるとともに、嫌われているものを守る姿勢がかっこいいと思って、その対象がまんこであることは一旦無視していたように思うが、その個展会場で売られていたろくでなし子さんデザインのまんこちゃん(キャラクター名)ソフビを僕は購入していて、きっとまんこであることは無視しきれていなかったようにも振り返られる。

 

ろくでなし子さんの個展の刺激より、嫌われているものの多くは、ただ何と無く嫌われている、とそう思い出すと、頭の中で多くのものが該当してきた。  

 

それから何度かろくでなし子さんとお会いする機会があり、いつも明るく、発言に全くブレがなく、ろくでなし子さんはろくでなし子さんなんだ、と当たり前なのだが、そう思った。どんな人にも少しはキャラに寄せるというのはあると思うが、ろくでなし子さんは、素直にろくでなし子なのだと強く思った。

 

そして、まんこという男が何より興味のある対象が、実は口から発せられる忌避ワードである、発したら嫌われる、性に基づくこのねじれを活用して、メディアの話題をさらって、遂には僕らの心もさらっていて、とんでもなく、面白く賢い、そして勇気のある魅力的な方だとろくでなし子さんに思った。

 

ろくでなし子さんの逮捕をテレビのニュースで知り、その時に初めて、ろくでなし子という名前が本名でないと知った、当たり前だが。呼ぶ時に、なし子さん!なし子さん!と言っていて、それが名前だと思っていた。逮捕され運ばれていくシーンをテレビで見て、当然いつも見ていた明るいろくでなし子さんでない、そうなるとこちらも暗くなった。ろくでなし子さんが何か呟いてないかなと思って、Twitterを見たら、森翔太さんがろくでなし子さんデザインのTシャツを着ている写真がかなり上の方に複数枚あって、森翔太さんにも捜査の手が及ぶのではと思いながら、更新されないろくでなし子さんのTwitterを見ながら、徐々にろくでなし子さんが逮捕されてしまった悲しさというか、なぜ?という疑問が頭に浮かんだ。

  

ろくでなし子さんが逮捕されているなか、色々な有名人がろくでなし子さんのことをTwitterなどで発信し出した。ホリエモンさんや会田誠さんなどなど、逮捕される前に名前をあげて話していた方々がどんどんろくでなし子さんについて話していて、夢に見たような景色だったし、早くろくでなし子さんに、このタイムラインを見せたいと思った。

 

ろくでなし子さんが出てきた。Twitterも復活した。プロフィールが英語になった。発言がまんこから警察に対するものになって、なんか違うというか好きだったろくでなし子さんじゃないと反射的に思ってしまったけど、僕らは警察の中のことを知らないし、中に入って理不尽なことをされても、それに対して逆らうことはできないと思うけど、ろくでなし子さんは違って全てを晒して、実際に中でも権力に反発をしたようだ。そういう内容をTwitterなどを通して外に発信していた。アーティストであり、ジャーナリストでもあるというか、ろくでなし子さんは、確実に前とは違う位置に立っていたのだ、もう社会的に文化人といえるくらい、そんなように思う。

 

そんななかで、最近お会いしていないなかで、ろくでなし子さんが釈放後に書いた本「私の体がワイセツ⁉︎」を手に取る。

   

190ページの本なのだが、行き帰りの電車で読んだ。けして内容が薄いわけではなく、「早く次のページを読みたい」という気持ちが強い推進力を生んで、読む速度が上がる、それが最後まで続くからすごくて、それくらい1ページ1ページにクスッと笑える話や、自分の心の深いところをつく、言葉というか素直な、無垢な疑問、問いかけがある。

 

誰かに対する怒りが素直に書かれ気持ちが良い、そういう部分を嫌いな人は当然いるとは思うが、この本を読みながらろくでなし子さんが好きな理由がわかって、それは、何に対しても素直なのだ、素直でいることの憧れが僕にはあるのかもしれない、思ったことは割と言うタイプではあるのだが、ろくでなし子さんは表現したいものを敵が見えていたとしても躊躇せずにつくり発表する。その攻めの姿勢こそ、ろくでなし子さんに惹かれる理由なのだとこの本を読んでわかった。

 

しばらくお会いできていないのだが、読みながら一文一文がピュアというか無垢というか、素直というか、なぜ?なぜ?が連発し、理不尽に対しても叫ぶ姿が目に浮かんで、ろくでなし子さんはろくでなし子のままだったと安心したというかホッとしたというか、やっぱり好きだと思った。 

 

この本を読んで良かった。ろくでなし子さんが生まれてから今までどのような環境で育ったか、どのような考えを持ってきたか、そういう部分が見えてくる。そういう隠れた部分が見えてくると、「だから◯◯なのか!」と勝手な解釈で自尊心を刺激するというはあるが抑えて、単純に今まで以上に近い存在になったような気がして、更に更にろくでなし子さんを好きになった。

 

これから、ろくでなし子さんがどんな活動をするのか、とても楽しみで、次の個展も見てみたい。

 


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