【ネタバレ】芥川賞受賞作「火花」でピース又吉直樹に笑えなくなってしまう懸念


  
お笑いコンビのピースの又吉直樹さんが、「火花」で芥川賞を受賞したニュースが先週か、先々週かそのくらいに流れて、素直に「おめでとう!」と友達でも何でもないのに、思ってしまったくらい、ピース又吉直樹さんは何というか、親近感があるというか、愛くるしい感じがして、表にいる人と裏にいる人の大きな場の違いはあれど、どちらかといえば裏寄りのタイプな気がして勝手に仲間意識を持ってしまう無礼をしている。「芥川賞受賞」を果たしてもなお、その意識は変わらず、又吉直樹さんの人間としての強味を感じてあれから、一週間、二週間が経とうとしている。

芥川賞受賞の前に、又吉直樹著「火花」を買っていて、家に放置。芥川賞受賞を知ってから「火花」を読んだので、もう完全にミーハーと一緒、というか、芥川賞受賞以前に読んでいたとしても、それはそれで、タレントの本に手を出す時点で、芥川賞受賞以後に購入するよりも、ミーハーレベルでいうと高いと思い直した。

 

芸人の話で良かった

「火花」が何の話か知らずにテキトーに買って放置していて、「芥川賞受賞!」と聞いてからも、「火花」というタイトルと「ピース又吉直樹、芥川賞」だけが一人歩きして、火花という作品自体の概要を知ることなく過ごしてきて、芥川賞とかそういう賞を受賞した作品は、夫婦間の話とか、そういうイメージが強くて「読んで又吉直樹さんとわからない小説だったら嫌だ」と思っていた。「さー読もう」と思って、最初の一文が「大地を震わす和太鼓の律動に、甲高く鋭い笛の音が重なり響いていた」とあり、なんか小難しい…と思ったが、その文の少し後ろには「僕たちは花火大会の会場を目指し歩いて行く人達に向けて漫才を披露していた」とあり、漫才コンビの話か!!!と安心し、一気に読みやすくなった。少し後ろ向きで、厳しい現実が目の前にあるなかでも、不器用にも芸を磨く姿がはじめに見えて、何となく又吉直樹そのものだと、徳永に対して思う。

 

「徳永」を勝手に又吉直樹だと思って、早々から読む

途中、徳永が「学生時代、サッカーで大阪選抜だった」という設定が出てきて確信する。徳永は又吉直樹なのだと。単純ではあるが、文中に出てくる徳永の話の切り返し方は、テレビでみる又吉直樹さんそのものである。が、話に出てくる神谷や大林の話の切り返し方も少しだけ又吉直樹そのものなのだ。これは面白いことで、面白いと思う話のトーンは隠せない、のだと思った。それが客観的に面白い、面白くないということに関係なく、「面白い」というのは自分の世界から拡張したものでしかない、ということを感じた。

 

「真樹」への強い想いを感じる

すごくリアリティーがあった。神谷が当時住んでいた家が真樹の家で、真樹に彼氏ができて、神谷が出ていかなけばならなくなった。真樹の家に荷物を取りに行く時に徳永も同行して、その内容の後に、急に未来の話になる。未来の話になるのは、多分ここだけだったと思う。「その後、一度だけ井の頭公園で真樹さんが少年と手を繋ぎ歩いているのを見た」そこから、その少年の幸福にフォーカスして真樹の素晴らしい人間性を見た目の美しさに変換して、徳永の言葉として語られる。その文がすごくリアリティーがあって、これは誰のことなのだろうと強く思うくらい、実在する人がいなかったらおかしいと思うくらい、すごく立体的に人物像が強調されていたように思う。

又吉直樹の芸風そのものが本になった感じ

芥川賞を受賞する作品と思えないくらい漫画を読むような感じで親しみを持てたのは、「芸人」を芸人が伝えてたからだと思う。芸人のことはわからないけど、芸人である又吉直樹さんが芸人のことを言っているから、本当の芸人像が見えやすかった。そして徳永が又吉直樹さんに寄っていたように思えたから、すーっと絵が浮かんでいた。

最後、失踪してた神谷と再会した時、神谷が胸にシリコンを入れていたところはコントを見ているようで、すごくリアルにコントの舞台が想起された。「こんなオチか」と思った。小説にオチは期待していないけど、きちんと最後にオチがあって、芥川賞、というよりコントだと思った。まさにこの「火花」という本は、又吉直樹さんのネタ帳を見ているような、そんな感覚になった。

映画化したら観ない

映画化したら観ないだろう。徳永が又吉直樹さんでも観ないだろう。もう頭のなかにしっかり「火花」はできあがっているので、観ないだろう。少しでもそのイメージと違う点があったら、アレルギーが出そうだから。本で読んだオチを映像で見るのは苦しい。そしてオチ自体が、出オチの「胸にシリコン」だ。きっと苦しい。だから観ないだろう。

「火花」でピース又吉直樹に笑えなくなってしまう懸念

「火花」が又吉直樹さんそのもので、又吉直樹さんそのものが、文学という小難しいジャンルの優れた方々に評価されて芥川賞という本を一冊も読んだことがない人もなんとなくは知っているスゴイ賞を受賞してしまって、又吉直樹さんのピースのネタに対して「面白い?」と思っていた人にとっては「やっぱり次元が違ったのね」と納得する流れだと思うし、又吉直樹さんの考えというかネタは、「火花」を読んで、「本で読むのが丁度いい」と感じざるを得なかった。


さいごに

芥川賞受賞後、又吉直樹さんの言葉を何となく世の中的に注意深く聞くような、そんな空気がテレビの映像から流れてきているように思う。そう変わったように思う。北野武さんの場合、映画の時はそんな空気が流れるけど、テレビのバラエティー番組の時はそもそも被り物をしていたりで、見た目からふざけていて、注意深く聞いてしまう空気は自ら消される。でも又吉直樹さんには北野武のような出オチは期待できない。これから、作家としてではなく、芸人としてどういうスタイルで、笑ってもらえる環境を(自ら)つくっていくのか、とても気になる。


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