達成感は全部テレビゲームのなかにしかなかった


任天堂の岩田社長が亡くなったニュースが流れた。

 

就活の時期に「どこ受けよう」と考えていて、できれば今までの自分と関わりがあって、自分を楽しませてくれた、笑わせてくれたモノを扱っている会社に勤められたらと、贅沢に願っていた。最終的に広告会社に行くのであるが、先の願いを自分の生きてきた道と照らしてみると、一番初めに、テレビゲームの存在があった。スーパーファミコンのスーパーマリオワールド、マリオカート、星のカービィなどのゲームに夢中になっていた。新しいソフトが欲しいから、母に「次のテストで100点採ったら」「サッカーで選抜に選ばれたら」「ピアノで予選突破したら」とゲームソフトを買ってもらう約束をして、ゲームソフトをゲットしていった。塾に行かせるよりも安くつくから、結果良いとしても、子供であった僕は、勉強からもサッカーからもピアノからも大きな達成感を感じず(部分的に楽しいというのはあったけど)、買ったゲームをクリアするごとに達成感を感じていた、今改めて考えてみると、本当にゲームが好きだったなと思うけど(今は全くやらない、スマホのゲームすらほとんどやらない)、ゲームを好きにならない理由を探す方が難しいくらいで、買ったゲームはみんな楽しかったし、どんなに簡単なゲーム、面でもクリアすると、物凄く嬉しかったし、ゲームのなかで戦っている時もリアルの世界で感じたことのないようなドキドキを味わったり、これでダメだったら一生の終わりだ、と思うくらいの責任を自分に課して真剣な顔をしてテレビを見ていた時もあったくらいで、そんな姿を見て、母からも「◯◯できたらゲームかってあげる」と釣ってきたりした。

テレビゲームという餌がなかったら多分僕は何もできなかったから、本当にありがたい存在…と自己分析でも何でもないことを思いながら、任天堂という会社を企業研究した。企業研究する時に、僕は社長の経歴をなぜか調べていた。あの頃は社長まで上り詰めようとしていたのか…それはさておき、どんな流れで社長に就任したのか調べる事で、あの頃の僕は企業研究、というよりただのシミュレーションをしていて、任天堂についても例外なく、岩田聡社長のことを調べた。もともとプログラマー、42歳で任天堂社長…は?任天堂って超実力主義の会社かよ、プログラマーが出世コースというか評価される会社かよ、と決めつけて、ここは僕には向いていないと、5分くらいで企業研究を終了した覚えがある。

 

今日、岩田社長が亡くなったニュースを聞いて、こんなことを思い出していて、忘れた頃に、任天堂という会社は色々な角度から注意を引くことをしていて、今日の日も例外なくで、でも亡くなるという注意の引き方は違うよ、と叫びたいくらいだし、55歳は若過ぎだし、本当に勿体無いと、ただただ思っていた。最近はテレビゲームに触ることはほとんどなくなったけど、また触りたいと今日思った。触ったら、触ったで、ハマってしまうんだろうな。


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