「情報解禁」という内側の言葉がファンかどうかの判断軸に


新商品がいつ発売する、新番組がいつ発表される、そういう時に、クライアントから、情報を発信できるメディアに、内容とともに伝えられる情報が、「情報解禁日」だ。いつその情報をメディアで発信していいか、と。その情報解禁日に、そのクライアントから言われていたメディア、ライターが一斉に世に情報解禁された情報を放つ。

「なんかどこかで見たタイトルだな?」

とメディアをサーフィンしていると度々思って、それはRSSで記者をもつメディアからYahoo!などの記事を選び転載するメディアに渡り、記事自体が拡散していく仕組みがあり、また何も◯◯局だけの記者が呼ばれていることはなく、そう思うのは当然なのだが、記者がいるメディアは、情報解禁日をしっかり守って、内容もクライアントに確認されて、修正して、を繰り返し、挙げ句の果てに、元記事としてリンクを貼ってくれることを条件(他の条件は割愛、たくさんある)に大きなメディアを更に潤すコンテンツを提供する。女王アリと働きアリの関係にも見える。

要は、「情報解禁」という言葉は、クライアントと発信者の間で使われる内側の、世に出ない言葉であり、内容である。

ただ最近、「情報解禁」という言葉をTwitterやブログなどパブリックな場所で見かける。それは、先の構造の派生系で、出演者や企画者が個人として発信するケースで、基本的には to ファンである。

「◯月◯日に情報解禁になって皆様に嬉しい報告ができると思います。」

何となくだが、それを知ったファンはGoogleカレンダーにその情報を入れて待ち遠しく思うことが想像できる。ただファン以外がみると「どうせ、新商品だろう」とさめた見方をする。それをSNS上でdisるかもしれないが、基本的には、to ファンなので御構い無しか。

今日、タイムラインに出てきたツイートに「情報解禁日を言われると、その情報に触れた時に、ややさめてしまっている」というような内容があった。確かにそれなーと思ったが、そう思ったら、多分、情報解禁する人のファンでないのだろうな、と、一つの判断軸として使えると思った。


You may also like...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です